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紬「あゝ野ムギ峠 ある製糸工女哀史」

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更新日2017-03-29 21:03:00

まとめ人:GLDNさん   (0)

3以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/29(火) 19:23:15.85 ID:K+m0G4pP0
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┃諸注意┃
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・ この話はスレタイのとおり『あゝ野麦峠 ある製糸工女哀史』(山本茂実 著 1968年初版)の内容を元にしている

・ なお、上記原著を知らなくとも読みうるよう、最低限配慮したつもりである

・ つまり、舞台の時代が時代なので、全体的に(特に後半は)重く暗い話であるから、苦手な人は読まないこと





5以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2011/03/29(火) 19:26:17.12 ID:K+m0G4pP0
【まえがき】

───明治から大正にかけて、これは飛騨と信州を結ぶ、野ムギ峠にまつわる哀話である。


もうだいぶ古い話になるが、私は死んだバア様からよくこの野ムギ峠の話を聞いた。

もっとも、バア様はこれを“ノムギ”と発音せず、いつも“ノウミ”と言っていたから、
後で日本アルプスの地図を広げていくら探しても、どこにもそんな名の峠は見つからず閉口したことを覚えている。


何でも、バア様の話によると、そのクマザサにおおわれた峠を、
幾千幾万とも知れないおびただしい数の製糸工女たちが下って、
そこから信州(現在の長野県)桜が丘方面の工場へ向かった。


若い娘たちのこととて、その賑やかさは、騒がしくも華やかにも見える行列が、幾日も幾日も峠から桜が丘へ続いた。


五月、春びき(春の糸引き作業)が終わると田植えに帰り、またすぐに夏びき(夏〜冬の糸引き作業)に出かけ、
暮れ迫る十二月末には吹雪の峠道を飛騨(ひだ。現在の岐阜県北部)へと帰っていったという。









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